心の病に対する誤解
心身症の定義をご存知でしょうか。「身体疾患で、その発症や経過に心理、社会的因子が密接に関与している器質的ないし機能的な病態をいう。ただし、神経症や鬱病に伴った身体症状は除外する」日本心身医学学会(1991年)
ここで思うのが「神経症や鬱病に伴った身体症状は除外する」つまり、心の問題は心の病だけに特化して考えていいのでしょうか・・・という疑問です。
実際、心身症はとても広い領域にまたがっています。身体が絶好調ではない状態、つまり病気ではないが、いまいち、と感じられる状態のときに心のコンディションを少し良好にしてあげることができれば、身体の状態もぐっと良くなる可能性があります。
過敏性腸症候群(消化器系)や、筋収縮性頭痛、片頭痛(神経・筋肉系)、肩こり(整形外科)などごくごくありふれた病気の中にも、心の問題と言う視点からアプローチできる可能性がまだまだ残されています。アメリカでは「ソマ・サイコロジー(身体心理学)」として、いっそうの研究が進められている分野です。
心の問題は鬱病とか不安神経症といった病気と思い込まれています。
もちろん、そのような病気が存在することは事実です。しかし、一方で心の問題はもっと身近なものを含みます。
イライラすることは誰にでもあると思います。
イライラして、言ってはならないことを口走ってしまったり、手を挙げてしまったり。
あるいは、大学受験やスピーチなどで、大事なときに上がってしまったり。うっかりミスや不注意による事故なども集中力を欠いたことが原因の心の問題ですが、決して心が病んでいるわけではありません。また、女性では、PMS(月経前症候群)などホルモンで引き起こされる心の問題も存在します。
このような病気ではない症状について、メンタルヘルスの取り組みはいまだに難航しているようです。自殺者の数が年間3万人を超えた1998年から、自殺者の数が3万人を下ったことは一度もなく、各種調査結果も悪化しています。
厚生労働省を始め、各関係団体、学者、医療関係者たちが様々な取り組みをしてきました。精神科医の数も、カウンセラーや相談機関も充実してきているはずなのに、なぜ効果が現れにくいのでしょうか。
それは、心の健康の問題が「心の病人、病気対策」に限られていたからだと思います。
病気として診断されていない人々向けの現実的対策が講じられてこなかったからではないでしょうか。
早期発見は解決策にならない
病気は全般的に「早期発見、早期治療が一番」と思われています。
それゆえ、多くの企業が「従業員のメンタルヘルスも早期発見、早期治療を心がけましょう」と呼びかけています。しかし、どんな病気でも、早期であればあるほどその症状、そして症状の変化は微妙です。その微妙な変化を早期発見できれば、もちろん早期治療に取りかかることができるかもしれません。しかし、心の病の場合、早期発見、治療へ誘うこと、リハビリテーションなどは、家族や同僚、上司、友人、といったいわば医療という観点から見れば「素人」の集団にまかされています。
これでは、発見が成功する確率も低いはずです。
心の病の場合は、早期発見を呼びかけても難しいのです。
一般の疾病以上に、予防の発想が見事なまでに切り捨てられてしまっているのが、日本だけではなく世界中の心の病の現場の実情です。
また「自分だけは精神障害にならない」「鬱になるはずなどない」という誤解があることも事実です。私たちに命があり、心が活動している以上、故障は誰にでも起こりうることです。生まれてから死ぬまで、どうにもならないことも沢山あります。中でも、私たちが人と人との関係の中で生きているということ、自然の中に生かされている、という現実があります。太古の昔から、人は自然との共生、自然との調和に努力を重ねてきました。同様に、人と人との関係が良好にいっていれば、人はそこそこ幸せな気分でいられるものだと思います。しかし、現代人の生活には、この人と人との間で悩み、苦しむ要素がまだまだあふれています。それ故に、良好な心の状態をつくり、それを維持する努力が功を奏する余地がまだまだ残されている、とも言えます。
企業にとっては「戦略論」
また、例えば企業や学校など、集団・組織に所属する人の心の健康問題は、組織の戦略論というところまで及んでくるかと思います。
なぜなら、同じ仕事をするにしても「しょうがない」と言う気持ちで取り組むのと「よっしゃ」という気持ちで取り組むのでは、結果が全く異なってきます。また、組織ですから、働く人の心や感情の状態が反映された組織の雰囲気はその組織の文化となり、環境となり、全体のあり方を大きく左右します。
ですから個々人のレベルからも、企業の経営者からしても「気持ちが明るく晴れやかで、心がすっきりした状態」というものは、もしかしたら、お金をいくら積んでも手に入れたいもの、と言っても大げさではないかもしれません。
本題に戻りますが、ちょうどこの文章を書いているときに、ビジネススクールの先輩にお会いする機会がありました。そしてなんと、その先輩が最近本を上梓されたとのこと、「組織を守るストレスワクチン」
そして、その本の中で近い将来、日本にも「健康会計」が導入されることを知りました。
今後、社員の健康の健康維持、健康促進に積極的に取り組み、十分な体制を敷いていることをアピールしていくことができれば、会社のイメージは必ず向上すると思います。
これからの時代、働く環境がどういうものか、という領域で企業イメージを向上させることができるかどうかは、経営にとって重要な意味を持つようになるはずです。
そして、医療スタッフの心と身体の健康づくりにヨガを福利厚生として取り入れてくださっている、東京慈恵会附属大学第二病院の管理課の方々の先見の明に、あらためて深く頭が下がる思いがするのです。
どうか、病院に限らず多くの企業で、健康会計を意識した取り組みが始まっていってほしいものです。